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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)6997号 判決

原告 日本アイシーエス株式会社

右代表者代表取締役 阿部久夫

右訴訟代理人弁護士 浅岡建三

同 田中英一

被告 高埜迪

右訴訟代理人弁護士 錦徹

右訴訟復代理人弁護士 秋山和幸

主文

一  被告は、原告に対し、金五五〇万円及びこれに対する昭和五五年一月一三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は会計事務所用コンピューターの製造販売を業とする会社であり、被告は公認会計士高埜事務所として会計事務所を営む者である。

2  原告は被告に対し、昭和五三年二月一七日、コンピューターCK三〇〇(以下「本件コンピューター」という。)を、被告が従前使用していた端末機CK三を六一万円で下取りし、更に六九万円値引きのうえ代金五五〇万円で売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

すなわち、売買契約書を作成していないとはいえ、右同日、被告が原告に対し本件売買契約と同旨の申込みをし、原告はこれに対して同年六月二一日に本件コンピューターを被告に引渡し、もって承諾の意思表示を行なっているのであるし、被告は以後本件コンピューターを継続的に使用していることからも本件売買契約が成立していることは明らかである。

3  よって、原告は被告に対し、売買代金五五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年一月一三日から支払ずみまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、昭和五三年二月一七日に被告が原告に対し原告主張の内容の売買につき注文書を交付したこと、同年六月二一日に原告から本件コンピューターの引渡しを受けたこと及び本件につき売買契約書が作成されていないことは認めるが、その余は否認する。

後記のとおり本件売買契約は成立しておらず、被告が本件コンピューターの引渡しを受けたのは、原告の申出に基づき、原告が後記六本のプログラムを試作した場合に被告事務所において実際に本件コンピューターにプログラムをのせて試験しながら討議するのに便利だったからである。すなわち、本件売買契約が近い将来成立するまでの間、従前使用していたCK三を原告に引渡すかわりに無償で一時的に本件コンピューターを被告が使用する(使用に伴う費用はCK三に比べ本件コンピューターの方が割高である。)旨の契約に基づき本件コンピューターの引渡しを受けたものにほかならない。被告は、本件コンピューターを従前CK三で作成していたのと同一の帳表類作成のため使用できたに過ぎず、後記のとおり本件コンピューターによりコンピューター本来の便益を何ら享受していない。

三  抗弁

1  (売買契約不成立)

被告は、昭和四九年に原告よりCK三を購入し使用してきたが、原告は昭和五二年九月に新製品オフィス・コンピューターCK三〇〇を発表し、原告従業員訴外宮脇春夫は被告に対しCK三からCK三〇〇への切換えを勧誘してきた。被告は、従来から自らプログラムを組みコンピューターを駆使して独創性ある会計監査業務を行なうことを願望としてきており、これを宮脇に話しプログラム作成方法修得のための講習会を被告のために昭和五三年一月に三日間開催してもらったが、講習会の内容が不十分であったため修得するに至らなかった。そこで、被告の会計業務に最低限必要な別紙目録記載の六種類の帳表類を本件コンピューターにより作成するための六本のプログラムを原告に作成してもらえば、これに倣って必要に応じ他のプログラムも作成することが可能であると考え、この旨を宮脇に伝えその承諾を得た。そして、昭和五三年二月一七日に、被告は、原告に対し前記注文書を交付する際、売買契約の条件として、「プログラム六本を含む」と明示し、原告もこれを了承して注文を受けたものである。右「プログラム六本を含む」との文言の趣旨は、原告が被告に対し、前記六本のプログラムをその内容が被告に分かるような形で、例えば、被告が指定したプログラム言語であるフォートランを用いて記載した六本のプログラムをプログラムシートとして提供することを意味する。

周知のとおり、コンピューターはハードウェアたる機械本体のみでは何の役にも立たず、購入者はプログラム作成方法の教示を予め受けることが不可欠であって、前記六本のプログラムの内容が提供されない限り本件売買契約は成立しない。

2  (契約解除)

仮に、本件売買契約が成立しているとしても、前記六本のプログラムをフォートランを用いて作成する旨の約定は本件売買契約の要素たる債務であるところ、原告は右六本のプログラムを完成すべき昭和五三年四月中旬までにこれを作成できず、その後別紙目録①及び③記載のプログラムは完成させ(④については一旦完成交付されたが、欠陥があり手直し中のままである。)たが、その余については被告のたびたびの催告にもかかわらず作成しなかった。そこで、被告は、被告訴訟代理人に委任前の昭和五五年二月一三日、本件第一回口頭弁論期日において、原告に対し、本件コンピューターの引取りを求め、かつ、本件コンピューターの注文を撤回する旨の意思表示をした。右意思表示は売買契約不成立を前提とするものであるが、仮に成立しているものとすれば、契約解除の意思表示に該当するというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、被告が原告より昭和四九年にCK三を購入し使用してきたこと、原告従業員宮脇春夫が被告にCK三〇〇の購入を勧誘したこと、昭和五三年一月に三日間原告が被告のためプログラム修得の講習会を開催したが、被告はその修得には至らなかったこと、同年二月一七日に被告が原告に対し本件コンピューターを注文した際「プログラム六本を含む」とされていたことは認め、その余は否認する。

従来のCK三の場合は、穿孔された紙テープを原告上野計算センターに持込み、そこでコンピューターによって演算しなければならず、時間的に無駄であるし、右センターに支払う費用も割高であるうえ、誤りを修正するのが容易でない等の欠点があるが、本件CK三〇〇の場合は右欠点が解消されるうえ、仕訳日記帳等六本のパッケージプログラムが無償で提供されるなどこれのみでも十分コンピューターとしての便益を使用者に与え得るものである。原告は、被告に対しては、右パッケージプログラムを一部は被告事務所用に変更のうえ納入しているばかりでなく、十分な能力がなかったために前記講習会でプログラム作成を修得できなかった被告のために、その求めに応じ、無償で別紙目録①ないし⑤記載のプログラムの作成を承諾した。ところで、「六本のプログラムを含む」という文言の趣旨は、六本のプログラムを交付すること及びその操作方法の教授までは含むにしても、プログラムの内容が分かるよう提供することまでは含まないことは明らかである。また、作成交付すべきプログラムは実用可能なアプリケーションプログラムであって、被告の主張するようなソースプログラム(プログラム作成者が一定の作成意図の下に複雑な言語により組立てたアプリケーションプログラムの前提ともいうべきもの。これをコンパイラーによって翻訳し実用化したものがアプリケーションプログラムである。)を被告に理解できるように提供することではない。また、その提供の方法がプログラムシートの交付で足りるというのであれば、原告にとっては容易なことであったが、被告からこのような要求はなかった。

2  抗弁2の事実中、本件売買契約において原告が被告に対し別紙目録①ないし⑤記載のアプリケーションプログラムを作成交付する債務を負っていたことは認めるが、その余は否認する。仮に、原告に右債務につき一部不履行があるにしても本件売買契約の目的が達成できない性質のものではない。また、第一回口頭弁論期日における被告の意思表示は、契約不成立を前提とするもので、解除の意思表示とは本質的に異なる。

五  再抗弁

原告は被告に対し別紙目録①ないし⑤記載のプログラムを多少の遅延はあったが、昭和五四年一一月までには作成のうえ引渡した。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  (本件売買契約の成否)

被告が原告に対し、昭和五三年二月一七日、コンピューターCK三〇〇を、被告が従前使用していた端末機CK三を六一万円で原告が下取りし、更に六九万円値引きのうえ代金五〇万円で買い受ける旨の注文書を交付し、もって本件売買契約の申込みをしたこと、同年六月二一日に原告が被告に対し本件コンピューターを引渡したことは当事者間に争いがない。しかして、右引渡しは被告の契約申込みを契機にしてなされたことは被告も明らかに争っていないと認められるので、特段の事情のない限り、少なくとも右引渡しの時までに原告が被告に対し右申込みに対する承諾の意思表示をし、もって本件売買契約が成立したと解するのが相当である。

被告が原告より昭和四九年にCK三を購入し使用してきたこと、原告従業員宮脇春夫が被告にCK三〇〇購入を勧誘したこと、昭和五三年一月に三日間原告が被告のためにプログラム修得を目的とする講習会を開催したが、被告はその修得には至らなかったこと、前記被告のCK三〇〇注文の際「プログラム六本を含む」とされていたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、

1  原告は昭和五二年九月にオフィス・コンピューターCK三〇〇を発表し、宮脇が被告に対しCK三からCK三〇〇への切換えを勧誘した。

2  被告はコンピューターを扱った経験があり、自らプログラムを自由に組みたいとの希望を従来から有しており、短期間でプログラム作成方法を理解できると宮脇に伝えた。そこで、原告では被告のため特別に前記講習会を開催したが、被告はプログラム作成を修得するには至らなかったので、自らプログラムを作成することをひとまず断念し、別紙目録①ないし⑤記載の帳表類作成のためのプログラム(以下「本件プログラム」という。)を作成することを原告に依頼し、原告もこれを承諾したので、この頃よりCK三〇〇売買の話が具体化し、昭和五三年二月一七日には前記注文書交付に至った。

3  本件コンピューター引渡しは、被告から原告に対するとりあえず一般財務の計算に使用するので引渡してほしいとの申出によりなされたが、本件売買契約に基づく以外の本件コンピューター使用権原を被告に付与する旨の契約は原・被告間で締結されておらず、原告でも本件売買契約に基づき本件コンピューターを被告に引渡した旨の納品書を作成して処理した。

4  原告では、CK三〇〇を販売する場合、仕訳日記帳等七本のパッケージプログラムを顧客に無償で提供することになっており、被告に対しても本件コンピューター引渡しの際、一部は被告事務所用に変更のうえパッケージプログラムを引渡した。

5  CK三の場合、これにより穿孔された紙テープを原告上野計算センターに運搬しそこで演算してチェックリストを作成し、誤りがあればもう一度穿孔し直すという作業が必要であるが、CK三〇〇の場合、使用者において右作業が即時にできるので右欠点は解消される。

6  被告は、本件コンピューターの引渡しを受けて以来、他社から別のコンピューターを購入しデータの移し替えが完了した昭和五六年一一月頃までこれを主に税務会計用に継続的に使用した。

以上の事実が認められる。被告は別紙目録⑥記載のプログラム作成も原告に依頼したと主張し、《証拠省略》によると、これに沿い乙第一一号証を原告に交付して依頼したとする部分があるが、右各証拠は適確な証拠であるとは言えず、「プログラム六本を含む」とは、別紙目録②記載の損益分岐点と収支分岐点を別個のものと見て合計六本の意味であり、乙第一一号証は受領していないし別紙目録⑥記載のプログラムについては依頼されていないとの《証拠省略》に照らしても採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠もない。

そうすると、本件プログラムを作成し被告に引渡すことが本件売買契約上の原告の債務(以下これを「本件債務」という。)となっていたことは否定できないが、この点も含めて原・被告間に契約内容につき客観的合致があったことは明らかであり、本件において、売買契約が成立していないと認めるべき特段の事情は見い出せないものと言わざるをえない。売買契約書が作成されていないことは当事者間に争いがないが、これを右特段の事情と見るべきでないことは以上の説示に照らし言うまでもないところである。

次に、抗弁1において被告の主張する原告が六本のプログラムを作成することが契約成立の条件であるとの主張の趣旨は必ずしも明らかではないが、乙第四号証(注文書)による申込みに右条件を付したものとは認められず、むしろ、同号証によれば本件プログラム作成も含め原告に対し本件売買契約の申込みをしたものと認めるほかはない。自らプログラムを独自に作成して本件コンピューターを使用することが、被告の本件売買契約締結の動機になっていたことは明らかであるが、前認定のとおり、被告は原告の本件プログラム作成如何にかかわらず本件コンピューター使用の便益を享受しているのであって、被告が右動機を有しており原告もこれを了知していたことが本件売買契約成立自体を否定する根拠とならないことは論を俟たない。したがって、抗弁1は採用できない。

三  (契約解除の有効性)

1  そこで、本件債務の具体的内容について検討するに、被告は前記本件コンピューター購入動機からして本件プログラムをその内容が被告に分かるような形で、例えば被告が指定したプログラム言語であるフォートランを用いて記載したプログラムシートを提供することを意味すると主張し、《証拠省略》によれば、右のことを宮脇に伝えたとの部分が存在するが、《証拠省略》により原告が後に作成した別紙目録①及び③記載のプログラムにつき、そのプログラムシートを被告に交付するのは容易であるのに被告はその要求をしていないと認められること等に照らし《証拠省略》中の右部分は採用できず、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠もなく、むしろ、証人宮脇が証言するように、原告はプログラムシート等によりソースプログラムの形ではなくアプリケーションプログラムの形で被告に本件プログラムを提供しその操作方法を教示すれば足りるものと解するのが相当である。《証拠省略》中に見られるとおり、ソースプログラムを理解できなければ自らプログラムを作成することはできないにしても、被告本人も自認するように、本件プログラムにより帳表類が打出されること自体にも価値があるのであるし、《証拠省略》により認められるソースプログラムを理解するにはフォートランに習熟していなければならないうえ最終的には作成者自身でないとソースプログラムを理解できず、結局プログラム作成を修得するには講習によることが最善であるが、被告は二度と講習会開催の要求をしなかったことに照らし、前記被告の本件コンピューター購入動機は右認定を左右するものではない。

次に、本件債務が被告の主張するように本件売買契約の要素たる債務であり、これが履行されなければ右契約の目的が達せられないと解すべきか否かにつき検討するに、前記二で認定のとおり、本件コンピューターは従前被告が使用していた端末機CK三の欠点を解消し、これにより打出される帳表類がCK三の場合と異ならないとしてもそれ自体で価値があるものであり、パッケージプログラムによりコンピューターとしての利用価値を享受し得るものであること、本件売買代金は原告が本件債務履行のために要する費用を除外して定められたことに照らすと、本件売買契約は本件コンピューター自体を主たる目的とするもので、本件債務は付随的なものであると解するのが相当である。なるほど、被告の本件コンピューター購入動機には前認定の自ら独自にプログラムを作成したうえ本件コンピューターを使用したいことも含まれており、原告もこれを了知していたとはいうものの、本件債務は前認定のとおり原告の作成するプログラムの内容を被告に理解させることまでは含んでいないのであるから、被告が右動機を有しこれを表示したからといって、本件売買契約は、本件債務の履行をも主たる目的とするものと解すべきであるとはとうてい言うことができないばかりでなく、主たる目的である本件コンピューター買受の前提要件となっていると解するのも相当ではない。

2  《証拠省略》によれば、原告の本件債務の履行期は昭和五三年四月中旬であったことが認められるところ、右履行期経過後に別紙目録①及び③記載のプログラムが作成され被告に引渡されたことは当事者間に争いがない。原告は、別紙目録②及び④、⑤記載のプログラムについても昭和五四年一一月までには作成のうえ被告に引渡したと主張する。《証拠省略》によれば、原告において右各プログラムについても作成すべく努力していたことは認められるものの、最終的に被告の依頼に沿って右各プログラムを完成しその引渡しも完了したとする右各証人の証言部分は、これを裏付けるに足りる適確な証拠がないから採用できず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠もない。

ところで、前認定のとおり、本件債務は本件売買契約の主たる目的ではなく付随的債務に過ぎないのであるから、その不履行があっても、特段の事情のない限り、代金減額請求ができるかはともかく、契約を解除することは許されないものというべきところ、既に認定した本件に現われた全事情並びに本件全証拠によるも右特段の事情があるものとは認め難い。むしろ、被告が約三年半にわたり本件コンピューターを使用し続けたこと、《証拠省略》により認められる原告は本件プログラム作成が遅延したことから被告の求めに応じ無償で部門別集計表作成のためのプログラムを作成のうえ被告に引渡していること、更に本件当時もコンピューター開発技術の発展は日進月歩であったことは公知の事実であり、《証拠省略》によれば、CK三〇〇はもはや販売することは困難であると認められること等の事情を総合すれば、本件債務の不履行を理由に契約の解除を認めることは、信義則上も許されないというべきである。

したがって、抗弁2についても、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

四  よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前坂光雄)

〈以下省略〉

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